熟練の金属ヘラ絞り加工技術を持つ今野工業㈱の今野靖尚様に登壇いただき、自社の技術を活用したオーブン燻製機で他社との協業によりBtoC市場に進出したキッカケや経緯、商品化の際にこだわったこと、新しい市場に乗り出した時の苦労や収穫などをお話しいただきました。
<講師紹介>
今野工業株式会社 専務取締役 今野靖尚氏
■略歴
1966年(昭和41年)神奈川県川崎市生まれ
法政大学経営学部卒
1993年(平成5年)今野工業株式会社入社
企業グループを作りそのホームページを作成。97年度のKSPネットワークサロン主催のデジタルマルチメディアコンテストで、「優秀賞」「特別賞」受賞。98年度日経インターネットアワードで、ビジネス部門 日本経済新聞社賞受賞。
2017年初の自社製品ステンレス燻製器を制作販売。2019年よりオーブン燻製機の販売を開始
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■目次
1. はじめに~自社紹介(得意分野/技術や普段の受注・製作業務など)
2.金属ヘラ絞り加工技術を市販商品に活用することになった発想ときっかけ
3.BtoCに乗り出したときに苦労したこと、挑戦して良かったと思うこと
4.商品化する際に職人としてこだわったこと
5.こだわりの技術を持つ同業者へのメッセージ
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1.はじめに~自社紹介(得意分野/技術や普段の受注・製作業務など)
会社設立から50年を超える今野工業株式会社は、「金属ヘラ絞り加工」を得意とするものづくり企業。「金属ヘラ絞り加工」とは、板金加工の一種で金属板を回転させながら型に沿って加工する技術で、さまざまな形状に対応可能です。溶接で巻かれたテーパー形状も加工できます。
例えば化学機械部品、自動車部品のような高精度製品から、鍋、やかん、なので金物まで多様な用途で活用されています。
金属板をろくろのように扱い、精密に形を作るヘラ絞り技術は、自動・半自動機の導入や職人の手作業で支えられており、繊細かつ頑丈な製品を生み出しています。
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2. 金属ヘラ絞り加工技術を市販商品に活用することになった発想ときっかけ
今野工業が販売する「オーブン燻製機」を開発した背景には、趣味と技術を掛け合わせた製品開発のヒントがありました。
今野さん自身もキャンプが好きで自分でも燻製を楽しむ中、従来の市販製品には自分が満足できるものがないと感じ始めました。そんなとき、ある講演で「自分の趣味と技術を組み合わせて商品開発すると成功しやすい」という話を聞き、それならばと自分の金属加工技術を活かしたアウトドア製品を作ってみようと思い至ったそうです。
試行錯誤を繰り返し、手軽さと扱いやすさを追求していった結果、自社製のオーブン燻製機が生まれました。
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3.BtoCに乗り出したときに苦労したこと、挑戦して良かったと思うこと
とは言え、本業の方はBtoB中心なので、BtoCの市場開拓は初めての挑戦でした。
初号機を作ったときに使い勝手は悪くはなかったものの、正直あんまり売れませんでした。このときに売ることの難しさを痛感した今野さん。日刊工業新聞の川崎版に小さな記事が載った時に、それを見てわざわざ会社まで買いに来てくれた方もいたときはモチベーションも上がり、自社HPで販売サイトを立ち上げてやっては見たものの、売れたのは10台未満。
BtoC市場へ進出しても、一般消費者に製品を知ってもらう方法に悩んでいた時、一つの転機が訪れます。
情報発信で影響力のあった燻製製品関連を専門とする「株式会社スモーキーフレーバー」さんが今野さんのSNSを見て、「自分でも作りたいと思っていたものに近い。一緒にやってみないか」と声をかけてきました。
当時、フォロワー数万人の影響力を持つ方と組めたことがきっかけとなり、燻製器がアウトドア愛好者の間で話題になりました。
SNSやイベントでのPRを通じて消費者とのつながりができたことは、販売へのモチベーション向上にもつながります。また、SNS上でユーザーの使用例が投稿され始め、「使いやすい」「燻製が楽しくなる」といった感想が寄せられます。BtoCに挑戦して良かったと感じる瞬間でした。
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4.商品化する際に職人としてこだわったこと
商品化にあたって、職人としての「こだわり」がいくつかありました。
まず、「使い勝手を徹底的に考え、職人として美しく仕上げる」こと。
具体的には、ユーザーが手軽に清掃できる設計にするため、縁や内部に余計な溝や段差ができないよう、加工を工夫しています。実際に使ってみた経験から、「使うたびに細かなところが汚れると、結局長く愛用してもらえない」という考えがあったためです。
また、燻製器の高さに関しても、既存の市販製品に比べて高く設計し、熱源との距離を取っています。これにより、食材が均等にスモークされるようになり、「味にムラが出にくい」仕上がりになるそうです。この高さを出すためには、通常よりも加工が難しくコストもかさむため、難しい選択肢でしたが、「迷ったときはあえて手間のかかる方を選ぶ」ことが重要だと考え、製品の品質を追求しました。
さらに、冷燻を可能にするための独自構造にも強いこだわりが。従来の燻製器ではできない「食材に火が通らない温度帯でのスモーク」を実現するため、製品の内部に氷を置ける構造を取り入れました。この機能により、たった30分程度で香り高いスモークがかかり、従来のように長時間待つ必要がありません。
この構造は、特許を取得するまでのこだわりをもって設計し、初号機から試行錯誤を重ね、ようやく現在の形にたどり着きました。
職人として「綺麗に仕上がっていないと出荷できない」という姿勢を貫き、ひとつひとつの製品を丁寧に作り上げています。「多少の粗があっても売れるかもしれないが、自分の手がけた製品として、使う人に誇れるものでなければならない」との想いが、この製品の隅々に込められています。
一方ネットでの販売は、価格設定と利益確保のバランスが課題でした。が、製造業の経験から「安すぎるとモチベーションが続かない」と考え、価格には適切な利益を加えた上で、梱包・発送コストも織り込む工夫をしました。また、大手ECサイトの集客力を活用しながら、自社オリジナル販売サイト(「Now Field」)でも販売を続け、少しずつ顧客層を広げる努力を行なったそうです。
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5.こだわりの技術を持つ同業者へのメッセージ
製造業者が自社技術を活かして製品を直接消費者に届けることは、多くの課題もありますが、得られる喜びも大きいと感じます。特に、自分が欲しいと思えるものを作り、その品質に妥協しない姿勢が重要です。
手間がかかっても、信念を持って作った製品には必ず共感してくれる人が現れるはずです。
同業の皆さんもぜひ、自社の強みを活かして“作り手の顔が見える製品”を作り上げる楽しさに挑戦してみてください。
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6. 最後に
質疑応答の中では、今野さん自身もこれからの課題として感じていることを含めたお話が聞けました。
まず、「ヘラ絞り加工」は、少量多品種向けの加工技術であるため、需要が増えた場合には生産対応が難しくなること。製造を他社へ委託するとなると、「製品の仕上がりの美しさや品質を確保する」点で信頼できる外注先を見つける難しさもあります。
また、コンシューマー向け販売をさらに拡大するには、費用や労力をかけたプロモーションが必要ですが、現状は自社でそこまでのリソースを割くことが難しいこと。これまで販売実績を積み上げてきましたが、今後も安定して顧客層を広げるには、マーケティングやプロモーションを担う他社との提携が必要になることもあります。となると、そこにかかる手間や利益分配を考える必要があるので、バランスを考えると現状はそこまでして展開を拡大しようとは思っていないとのこと。
BtoBからBtoCに進出する際に、自社の強みやこだわりとリソースとのバランスをどう考えて取り組んでいくか。
事業を拡大する際に誰もが直面する課題は、他業種の方でも参考になる内容と感じました。どう判断し切り盛りしていくか、ここは経営者のビジョンと戦略の立て方次第と言えそうですね
質疑応答が終わってから、今野さんに持ち込んでいただいた「オーブン燻製機」の実機を参加者の皆さんと手に取りながら拝見しました。講義のなかでヘラ絞り加工技術のことをお話しいただきましたが、細部について改めて今野さんに聞きながら実物を見ると、設計や使い勝手、曲面の加工の美しさや手触りなど、職人としてのこだわりとユーザーとしてのこだわりがいくつも感じられました。
自分で燻製を作ることが好きなアウトドア派の方やツールにこだわりたい方には是非知ってほしいと思える製品でした!
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今後もOiFでは、様々な内容のセミナー、イベントを企画してまいります。
皆様のご参加をお待ちしております。