経済産業省「DX Selection2024」で優良事例に選定された武州工業株式会社 林英夫氏に登壇いただき、DXを推進しようと思ったきっかけ、DXを推進した結果どのような効果があったかなど、実際に取り組んでみて見えていたことをお話しいただきました。
社内DXが今一つ進んでいない、という中小企業様にとってヒントとなる内容が沢山詰まっていたセミナーでした。
■講師紹介
武州工業株式会社 相談役 林英夫氏
1978年(昭和53年) 入社
1992年(平成4年)代表取締役社長 就任
2020年(令和2年)代表取締役会長 就任
2022年(令和4年)相談役 就任
*2015年度 ITクラウド連携推進事業 公募審査・補助事業推進委員会 委員
*特定非営利活動法人 ITコーディネータ協会 2016年度つなぐIT推進委員会 委員
*中小企業庁 金融EDI 商流情報等検討会議 委員
*RRI ロボット革命イニシアティブ協議会 IOTによるビジネス変革W.G. 委員
*日本商工会議所 IOT活用専門委員会 委員
*IVI インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ 監事
*(地独)東京都産業技術研究センター 評価委員会 委員
*中小企業基盤整備機構 ファンド審査会 委員
*一般社団法人 首都圏産業活性化協会 参与
*認定NPO 環境文明21「経営者環境力クラブ」 会長
*2022年10月 青梅商工会議所 副会頭
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■プログラム
1.なぜDXを推進したか
2.具体的な取り組みの内容
3.DX推進のビフォーアフター
4.取り組み後の気づき、新たな課題など
5.最後に
1.なぜDXを推進したか
冒頭で、林さんから説明があったのは「日本の労働生産性と人口ピラミッドの推移」グラフについて。
日本の労働生産性が非常に低い(先進国最下位)ということはニュース等でもよく言われていますが、こと製造業に関しては、実際に携わっている身からすると生産性は低くないと感じているとのこと。そもそもこのグラフ、製造業だけでなく全業種で見た労働生産性なので、製造業以外で生産性が上がっていない業界があるということだ、と。このあたりの実情を知っておかないと、グラフだけを見て日本全体の労働生産性が低い、と受け取ってしまいますね。とはいえ、もちろん製造業の中でも企業によって生産性の高低差はあるようです。
人口ピラミッドの推移については、ご存じの通り今後労働人口が減少し、ますます高齢化が進むという人口統計なので、これはほぼ確実にそうなる変えられない現実です。
「きっとこうなる」ということに対して、今からどんなことに手をかけないといけないかを経営者として常に考えておかなくてはなりません。その中で武州工業様は、20%の生産性向上を目指すことにしました。
中小製造業として、武州工業様が抱えていた最大の課題は「労働生産性の向上」と「従業員の働きやすさ」でした。平均年齢35歳の若い社員構成ではあるものの、将来的な人口減少や高齢化社会を見据えると、現状のやり方では限界があることは明白でした。ちなみに武州工業様では、40年前からこのあたりのことを踏まえて社員の年齢構成を考え、例えば定年で10名退職したら高校卒業生などの若手を10名採用するといった手法で、人員は増やさずとも平均年齢は年々若返るように毎年採用活動をしているそうです。
業務の中にも紙ベースの記録や属人化した作業が多く、効率を阻害している部分が多々ありました。
これらの課題に対応するためには、「ムリ・ムダ・ムラ」を徹底的に削減し、仕事の流れを見直す必要がありました。例えば、デザイン思考を用いて短いサイクルで改善するために「PDCA」のサイクルは“PlanはDoに組み込まれている”という発想から「DCA」に変えたそうです。また、DXを単なるデジタル化にとどめるのではなく、業務全体を再設計する「トランスフォーメーション」として捉え、働き方そのものを変えることを目指しました。
2.具体的な取り組み内容
DX推進において、武州工業様は「良い設計が良い流れを生む」という信念を軸にしました。この信念のもと、以下の3つの柱を据えて具体的な取り組みを進めました。
(1) 業務の見える化:全社的に情報を共有し、データに基づく判断を可能にするため、専用のシステム「BIMMS(Busyu Intelligent Manufacturing Management System)」を独自に開発。このシステムにより、作業進捗、在庫状況、工程ごとのデータをリアルタイムで把握することができるようになりました。また、タブレットやスマートフォンを全社員に支給し、作業状況のリアルタイム把握を可能にしました。これにより、業務効率やコミュニケーションが大幅に向上しました。
AIやIoTを用いてデータを収集し、生産性向上や業務改善のための分析も実施。リードタイムの短縮や無駄の排除に繋がりました。
(2) 設備の内製化:市販の汎用設備ではなく、自社で必要な機能に特化したミニマムスペックの設備を開発。コストを削減しながら、自社の製品仕様に最適化された効率的な環境を構築しました。これにより、自社開発した機械は市販の汎用設備(4,800万円)に対して、1,200万円で製作。ICT環境の整備として、全社員に先述のタブレット150台を支給しましたが、この投資も生産性の向上による利益で回収可能な範囲です。
(3) 人材育成:多能工の育成や技術習得のための教育プログラムを充実させ、社員一人ひとりの能力を引き出し、作業の属人化を解消。従来2人で行っていた作業を、「一個流し生産方式」へと切り替えました。この方式では、各作業者が複数の工程を一貫して担当するため、不良品が発生してもその場で対処できる仕組みが整いました。
また、難しい技術は研修で全社員に習得させることで、スキルの底上げを図りました。たとえば、アルミのロウ付け作業を入社時の必修科目とし、全員が一定の技術力を持つ体制を実現しました。
3.DX推進のビフォーアフター
推進前の状況
DXを推進する前は、いくつもの課題を抱えていました。業務の多くは紙ベースで進められており、記録や情報共有が煩雑で、進捗確認に時間がかかる状況でした。また、工程の一部に属人化が見られ、不良品の発生や無駄な作業が目立つことも課題でした。加えて、労働時間が長く、従業員満足度の低下も懸念材料となっていました。
推進後の成果
DXを推進した結果、効率的な生産体制が整い、リードタイムの短縮や無駄な工程の排除が進んで、生産性が平均して約20%向上しました。また、「BIMMS」を活用した情報の見える化により、全社員が状況を共有しながら迅速に対応できるようになりました。
さらに、年間稼働日数の削減を行いました。従来は祝日の半数が稼働日となっていましたが、現在では祝日をすべて休みにすることができました。この取り組みによって、従業員のワークライフバランスが向上し、モチベーションアップと労働環境の改善を実現できました。生産性の向上で得られた利益は従業員と会社で折半し、全員が成果を実感できる仕組みを作りました。
4.取組後の気づきと新たな課題
DXを進める中で、いくつもの新しい気づきが得られました。特に、従業員全員が成果を「見える形」で共有できる仕組みの効果は絶大でした。これにより、チームワークが強化され、社員一人ひとりの意識改革が進みました。
一方で、新たな課題も浮かび上がりました。武州工業様がISOを卒業した理由の一つに、検査シートなどの文書管理の課題があります。毎日発生するA4用紙500枚の記録を保管するため、コストと保管スペースが必要となります。現在も大量の段ボール箱に保管されていますが、このままでは活用できないため、データをサーバーで管理して社員や取引先が見られるような仕組みにしました。ただし、顧客や取引先の中にはこの運用に対応していない企業も多く、データ連携が不十分な部分があるため、より大きく効率化を図るには外部との連携に改善の余地があります。デジタル化が社内で進む半面、今後の取り組みとして取引先の協力が重要な課題となっています。
5.最後に
今回「当事者が語るDX成功事例」として自社の取り組みについて林さんにお話ししていただきました。
最後に林さんから、これからDXを推進しようとしている方へのメッセージとして、
「自分の会社をこれからどういう方向にもっていきたいのか、将来のありたい姿、ビジョンをまず描いてほしい」
「最近、ノーコードツールのCMが多く、これを使えば何でもできる!と捉えている人が多いが、ビジョンや方向性が明確になっていなければ何もできない」
「方向性を明確にしてからちょうどいいツールをそこに当てはめるという手順が大事」
という、まさにDXを成功に導く核心を突いた言葉をいただきました。
これから取り組もうとしている、もしくは何から手を付けたらよいかわからないという企業様はここから考えてみてはいかがでしょうか。