フリーランスの作業や発注には、これまでもいろいろなトラブルがつきものでした。
例えば、報酬の未払い、契約内容が曖昧なために業務が期待通りに進まない、または一方的な契約解除による損害などが挙げられます。
こうした問題を解決し、フリーランスと発注会社の双方が安心して取引できる環境を作るために、いわゆる「フリーランス新法」(正式名称:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が2024年11月から施行されました。
本イベントでは、弁護士の堀田氏にこの法律が施行された背景や主要ポイントを詳しく解説していただきました。
フリーランス新法の背景
- 日本社会では少子高齢化が進行しており、働き手の減少が深刻な問題となっています。特に、育児や介護を抱える人々や、固定的な働き方を選べない人々が労働市場から排除されがちな現状があります。このため、多様な働き方を受け入れ、労働参加率を向上させる取り組みが喫緊の課題となっています。
- これまでの典型的な雇用形態だけでは多様な働き方をカバーできず、政府や労働政策を担当する機関、さらには働き方改革を推進する民間団体などから柔軟な働き方の必要性が強く求められてきました。
- 「フリーランス新法」は、フリーランスの働き方を中心に据え、より透明性の高い取引環境を提供するために設けられました。
下請法との違い
下請法は、主に製造業や建設業における下請取引を規制するもので、企業間の不公正な取引を防ぐことを目的としています。一方で、フリーランス新法は、個人事業主として働くフリーランスが対象となり、個人と企業間の取引を中心に保護する法律です。
- 適用対象: 下請法は法人や一部の個人事業主を対象とするのに対し、フリーランス新法は主に個人事業主の取引環境を改善することに焦点を当てています。
- 保護内容: 下請法では不当な減額や返品などの防止が主要テーマですが、フリーランス新法は契約内容の明示義務や報酬支払い期日の厳守、ハラスメント防止に特化しています。
- 意義: フリーランス新法は、現代の多様な働き方に対応した新しい保護制度であり、下請法ではカバーしきれない個人間取引の課題を解決するものです。
フリーランス新法の3つの柱
1. 契約条件の明示義務
発注者は、契約条件を明確にし、書面または電子メール、あるいは専用の契約管理システムを通じてフリーランスに伝える義務があります。特に、契約書の形式が標準化された電子契約サービスを利用することが推奨されます。
- 例えば、クラウドサインやDocuSignなどのサービスが一般的に使われており、契約内容の確認や署名をオンラインでスムーズに行えるため、双方が条件を正確に把握し、後の紛争を防ぐことができます。
- 具体例: 発注内容としては業務の範囲や成果物の詳細を明記すること、報酬額は税抜き・税込みの金額を明示すること、納期については具体的な日付や時間帯を含めること、支払期日に加えて支払方法(銀行振込やオンライン決済)や振込手数料の負担者も記載することが推奨されます。
- ポイント: 曖昧な契約内容を避けることで、後のトラブルを防ぎます。例えば、報酬の金額が不明確だった場合に後で請求額をめぐって争いが起こる、納期が曖昧だとお互いの期待が食い違うなどのトラブルを回避できます。
2. 報酬支払い期日の明確化
報酬は、業務が完了したら60日以内に支払われることが義務付けられています。納品日から検収完了までの期間が長引く場合には、あらかじめ検収期間を契約書に明記しておくことが推奨されます。
例外: 特定の事情がある場合は、発注者との合意に基づいて期日を調整可能です。例えば、大規模な自然災害による交通網の麻痺で納品が遅れるケースや、急病でフリーランスが一時的に作業を継続できない場合が挙げられます。 こうした際には、迅速に状況を共有し、納期や対応方法について柔軟に再協議することが重要です。また、緊急時の対応策をあらかじめ契約書に盛り込んでおくことで、円滑な調整が可能になります。
目的: フリーランスの収入の安定を確保し、経済的なトラブルを軽減します。例えば、報酬が予定通り支払われないことで生活費や事業資金に困るケースや、曖昧な契約内容が原因で追加作業を強いられる状況を防ぐことを目指しています。
3. ハラスメント防止策の導入
発注者は、フリーランスへのパワハラやセクハラを防ぐための措置を講じなければなりません。
例えば、プロジェクトの進捗に関する不適切な圧力をかける、業務外のプライベートな質問を繰り返す、または身体的接触を伴う不適切な行為などが該当します。こうした問題を防ぐため、具体的な行動指針を社内に整備し、トレーニングを実施することが重要です。
具体策: 方針の周知(具体的には、全従業員に向けた定期的な研修や啓発ポスターの掲示など)、迅速な対応体制の構築(相談を受けた際に即時に調査・解決するためのフローや専門担当者を事前に設定する)。
目的: 健全で安心できる環境を作ることで、発注者とフリーランスの信頼関係もグッと強まります。
具体的には、トラブル発生時に迅速な対応が可能となり、フリーランスが安心して業務に取り組めることで、成果物の質の向上や納期遵守が期待されます。また、発注者側にとっても適切な対策を取ることで、優秀なフリーランスを継続的に確保するための土台が整います。
フリーランス新法で解決する課題
よくあるトラブル
1. 報酬未払い
業務が完了しているにもかかわらず、報酬が支払われないケース。例えば、発注者が意図的に遅らせて支払いを先延ばしにする、または業務内容に対して過剰に難癖をつけて報酬を減額しようとするなどのケースがあります。
こうした状況では、フリーランスが収入の不安定さに直面するだけでなく、他の仕事の納期に遅れが生じたり、クライアントとの信頼関係が損なわれたりする可能性があります。結果として、新しい案件の獲得が難しくなるなど、長期的なキャリアにも影響を及ぼすことがあります。
解決策: 法律で支払い期日が義務付けられているため、迅速に請求可能です。
例えば、納品物の検収が完了しているにもかかわらず発注者が支払いを遅らせている場合、これには予算管理の遅れや担当者の引き継ぎ不足が背景にあることがあります。このような状況を防ぐため、検収後の支払いフローを明確にし、契約書で具体的な支払い期日を定めておくことが有効です。
フリーランスは法律を根拠に報酬の支払いを要求できます。また、検収遅延を理由に報酬が不当に引き伸ばされるケースでは、具体的な検収期間を契約書に明記しておくことで、トラブルを未然に防ぐことができます。
2. 契約内容の曖昧さ
発注内容や報酬が明確でないため、業務完了後にトラブルが発生。
例えば、具体的な作業範囲が曖昧だったために、フリーランス側が想定外の追加作業を求められる、または発注者が成果物の質に不満を持ち、支払いを渋るケースなどが挙げられます。これらのトラブルは、契約段階での曖昧さが主な原因となります。
解決策: 契約条件の明示義務により、初期段階での不明確さを解消します。
例えば、発注者が成果物の納品形式を具体的に指示しなかった場合、フリーランスが異なる形式で納品してしまうことがあります。
また、報酬額の内訳や支払いスケジュールが契約書に記載されていないと、後で両者の認識が食い違い、トラブルの原因となります。この義務により、これらの問題を未然に防ぐことができます。
3. 中途解約による信頼関係の崩壊
発注者または受注者が一方的に契約を解除するケース。
例えば、納期直前になって発注者が理由を明確にせずに契約を終了させる、あるいは受注者が途中で連絡を絶ち業務を放棄するなどが挙げられます。
これらは双方に損害をもたらす可能性が高いため、事前の合意と明確な手続きが求められます。
解決策: 契約解除には事前予告が必要であり、突然の解除を防止します。
例えば、発注者が納期直前に理由を説明せずに契約を打ち切った場合、フリーランス側は予定していた収入が得られず、他の仕事のスケジュールにも影響を受ける可能性があります。
一方で、受注者が十分な連絡をせずに業務を放棄するケースでは、発注者が納品物を得られず、プロジェクト全体に大きな支障をきたすことがあります。
これらを防ぐために、事前に解除手続きや条件を契約書で明確に定めることが求められます。
具体的な対応策
発注者が注意すべきポイント
- 契約書の準備: 契約内容をきっちり文書にして、双方がしっかり理解したうえで取り交わすことが大切です。
- 報酬支払いのスケジュール化: 業務完了後、すぐに支払いが進むよう、計画的にスケジュールを組みましょう。例えば、支払い期日を契約書に明確に記載し、振込予定日が近づいたらリマインダーを設定することで、スムーズな対応が可能になります。
- ハラスメント防止策の周知: 社内のルールやガイドラインに、フリーランスへの接し方や注意点をわかりやすくまとめましょう。たとえば、パワハラやセクハラを防ぐ具体的な行動例や、問題が発生した場合の相談窓口を明示すると安心です。
フリーランスが注意すべきポイント
- 契約内容の確認: 契約条件が具体的で明確になっているか、しっかりチェックしましょう。
- トラブル対応窓口の利用:万が一トラブルが発生した場合、相談窓口や法律事務所を活用しましょう。
- 業務履歴の記録: 業務内容や納品状況をきちんと記録しておきましょう。
例えば、作業日報や進捗状況をメモしておく、納品時には確認メールを残しておくなどが役立ちます。これらがあれば、何か問題が起きたときに証拠として使えます。
まとめ
- フリーランス新法は、発注者と受注者の関係を明確にし、トラブルを未然に防ぐための法律です。
- フリーランスは、自身の権利を守りながら健全な取引を行うため、法律の理解を深めておくことが重要です。
- 発注者は、法律をしっかり守りつつ、フリーランスとの信頼関係を築くことが成功のポイントになります。
- フリーランス、発注側も、契約条件や業務内容を予めしっかり明示し、合意できるよう双方が意識していきましょう。
TMI総合法律事務所 弁護士
堀田 陽平 氏
- 2016年 弁護士登録(第69期)
- 2017年 鳥飼総合法律事務所入所
- 2018年 日比谷タックス&ロー弁護士法人入所
- 2018年~2020年 経済産業省産業人材政策に任期付き職員として着任
- 2024年 TMI総合法律事務所入所 企業法務、労働関係全般、M&Aを中心に取り扱う。
近時の主な著作等として、以下のものがある。
- 「Q&A 企業における多様な働き方と人事の法務」(新日本法規)
- 「副業・兼業の実務上の論点と対応」(商事法務)
- 「Q&A 実務家のためのフリーランス法のポイントと実務対応」(新日本法規)
- 「ケーススタディでわかる フリーランス・事業者間取引適正化等法の実務対応」(第一法規)
- 日経新聞「フリーランス新法施行、『口約束』、『報酬未払い』防げ」(2024年10月29日朝刊)にインタビュ―掲載
- 日経COMEMOキーオピニオンリーダ―として働き方について情報発信
今後もOiF八王子館では様々な企画をご用意しております。
多摩地域等の中小企業の皆様にとって有益な情報を得られる場にしてまいりますので、今後もぜひご参加ください。